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水面鏡の如く
カワセミが来る川のある町

 毎朝、空堀川沿いの遊歩道を散歩していた妻が、興奮して帰ってきた。2月12日の午前8時ごろ、空堀川の水辺でカワセミを見たという。半信半疑の反応をしたら、「腹がオレンジ色で、背中が金属っぽい濃いブルー(コバルトブルー)だった」という。図鑑で調べたらそのとおりだ。まちがいがないようだ。野口橋近辺から空堀川をのぞむ

空堀川は東村山市を西から東へ横断している川だ。空堀川は洪水防止のために拡幅され、市民生活に近づけるために流れを変え遊歩道がつけられた。立ち退き問題で最後まで残った栄町二、三丁目部分の工事を終えて、3年前に大改修工事が完了した。それまで、何か市民から隠れるようにして流れていてドブ川に近かったのが、河川敷などができて、広々とした空間が開かれた。水量が少ないのが悩みの種だ。

空堀川に魚影が濃くなった。人々がやってきた。流れがゆるやかでやや深いところでは、年配の方々が釣り糸を垂れているのが見かけられるようになった。見ていると、釣り上げては小魚をすぐに放して水に返している。なにやらゆるやかな水の流れが、ゆるやかな時間の流れをもたらしたようだ。

鳥ももどってきた。それまで、カラスやスズメは別として、庭などにオナガ、ヒヨドリ、キジバトなどが珍しくない訪問者だったが、川の工事が完成したら、マガモやコガモがつがいでやって来た。シロサギが来た。セキレイが来て、カワウが来た。そしてとうとう水中昆虫や小魚を好み、清い環境を好むカワセミが来たというのだ。

『東村山の野鳥』(東村山市立図書館編 1979年)という本が手元にある。そこには「いま東村山でもその姿を見ることは皆無である」(137頁)という文章が目に入る。そしてさらに、昭和49年(1974年)7月25日北山公園で見たのが最後(142頁)という悲しい文章に行き当たる。妻は27年の時を経て、東村山の町のど真ん中でカワセミに出会った。(2001年3月10日記す)


【追記】
今年の春には驚かされた。この町に住んでから30年になるが、かつてないことだった。4月初旬の明け方、妻にそっと起こされた。「庭にウグイスが来ているわよ」と小声。耳を澄ますまでもなく、すぐ近くで「ホーホケキョ」と歌っている。物音を立てないように、そっとその歌を聞き入った。それから毎朝ウグイスがわが庭に歌の訪問をするようになった。姿は見えなかったし見てはいけないような気がしていた。そして、ついに4月11日午前9時に、庭のびわの木にそのウグイスが姿を現した。「ケキョケキョケキョ」と喉を震わせ羽を震わせ、精一杯歌う歌い声が塀と建物のあいだにこだまして響きわたっていた。(2001年4月19日記す)

【筆者プロフィール】

島岡光一

埼玉大学教育学部社会科教育講座経済学研究室教授。
「史上最強の経済学者」というのは、愛息の弁。
芸術や自然、そして酒を愛する、趣の人。
自身のホームページ「THE HUSKY VOICE」ではその一面がかいまみれる。
東村山市在住。


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