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妻が高齢・高血圧・高血糖で切迫流産から妊娠中毒症とシビアな母胎環境だったため防衛医大での出産となった。1950gでの出産を挟んで入院期間は3ヶ月。暇つぶし的に出産と育児の本をずいぶん読んでいた。そして用意するものをリストアップしたら驚くほど膨大な量。幸い同じ病室に3人目をご出産の方がいて、アドバイスで量は5分の1に。本を読んでそろえると多くなるのは当たり前。育児書のスポンサーは出産・育児の関連会社なのだから。
出産を機に、妻と友人とで子育てメーリングリスト、「のびのび子育て広場」をやるというのでスポンサーになった。約60人のメンバーが活発に情報交換をしており、便利グッズや病気の話題、あるいは赤ちゃんを連れて旅行に行くときのアドバイスなど、使っている人にはかなり便利だ。すでにスタートから1年以上、妻も教える立場になりつつある。高リスクでの出産と1950gからのスタート。もちろん今でも標準値より小さな息子は、「だから何だ」と言いたいぐらい元気だ。だから「うちの子はなかなか歩かない」とか、「標準よりかなり小さくて」などという悩みが流れたときには、「うちの子が大丈夫だったから心配はいりませんよ」といったアドバイスを流すことができる。
それでも特に弱い子供の母親は、心配のし通しで可哀想になってくる。そうなると僕の出番だ。生まれてすぐに体中の湿疹で医者からも見放されかけ、3歳の頃の食事は2枚のビスケットにバターを挟んだ物が1つ。「この子にどうやって食べさせようか?」が、親の悩みだった。煙突の煙を見ると泣いて、幼稚園の出席シールは空きだらけ。手の動きは誰より遅くて、シャツに片袖通して30分停止。学校給食は5時間目が始まっても食べきらない。出かけようとすれば中耳炎、風邪をひけば扁桃腺が腫れて熱は40度。扁桃腺を手術すれば小児喘息で年中呼吸困難。おねしょが止まったのは小学校4年。それが大人になれば、仕事は誰より速く、わんこそばでは第一本命で体重は3桁に手が届きそう。もちろん「僕は虚弱児だったんだ」なんて言っても信じる人は誰もいない。この話をメーリングリストに流すと、情報過多で心配性になっているお母さん、胸をなで下ろす。
未熟児生まれの僕の息子、1歳8ヶ月にして僕の3歳時の数倍は食べる。このままでいくと、きっと大人になったころには体重が300キロぐらいに......
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