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素Roots パンにまつわるあれこれ
今から6000年前とも7000年前とT烽「われる時代に
メソポタミアで作られたのがパンの起源といわれています。
いまでは、ご飯よりも日本人に親しまれて・「るパンですが、
起源はとても古くさかのぼります。

はじめはただ小麦粉を水でこねて焼いただけのものを食べていました。
今でいうカレーでお馴染みの「チャパティ」のようにペチャンコのパンだったようです。
 メソポタミアのパンは発酵でしたが、古代エジプトでほんの偶然から「発酵パン」が誕生し、食べ物として広がっていきました。

 当時エジプト人は「パンを食べる人」と呼ばれてたという記録もあります。
 小麦はお米と違って、かたい皮をかぶっていて、粒のままで精白するのが難しいので小麦をひいたりして食べる方法が主流でした。
古代のエジプトでは女性が粉をひき、パンを焼きました。
パンをいろいろな形に焼くことは、このころから行なわれていたようで、球形、ピラミッド型、魚の形のパンなどが作られていました。

ローマ時代にはパン焼は職業化され、パン屋がたくさん現れました。
その後、中世からルグlッサンスを経て、パンはますます上等になり、
またフランス、オーストリア、ハンガリー、ドイツなどに広がり、それぞ各国でパンが工夫して作られるようになりました。

淑女という意味の「レディ」という英語は「粉をこねる人」という・モ味のチュ―トン語から、
また「主人、殿様」という意味の
「ロード」は「パンの番をする人」というチュートン語からでたことばということです。

さて、このパンですが、いったいいつ日本に入ってきたかといいますと戦国時代です。戦校綜梠繧ノ鉄砲やキリスト教とともに伝えられたとされています。
イエズス会のフランシスコザビエルらが、日本でもパンづくりを始めましたが、
キリスト教が禁止されてからは、長崎などで西洋人のために細々と作られていただけでした。

日本人の手によってパンが作られたのは、1840年に中国で起こきたアヘン戦争がきっかけでした。
徳川幕府は、日本にも外国軍がせめてくることを恐れて、兵糧としてパンを作らせたです。
お米だと炊くときの煙が敵にとって格好の標的になりかねなかったということです。
また、お米のとぎ汁が流隠れ家が見つかったという話しもあるようです。
それに比べ固いパンは、保存性と携帯性の面で優れていると考えられました。

その後、パンが多くの一般市民の間で広がっていったのは太平洋戦争後でした。
それまではお菓子として見らE黷トいました。
1869年に現存するパン屋の中でもっとも古い、「木村屋総本店」が銀座にできました。
やがてパンにアンを入れることを思いつき、アンパンを売り出したところ、大変な人気となったようです。
のちにアンのかわりにジャムやクリームを入れる「洋風」のものが登場し、それぞれのパンのスタンダードとなっていきました。

そして、第2次世界大戦後には、食生活の洋風化がすすみ、パンはお米に次ぐ主食としてすっかり定着しました。
では、ご飯よりも市場な食品ということでパンを食べている人が多いかもしれませんね。



written by 花坂 みずほ



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